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社名変更は、組織の現在地を確かめる機会 -中編-

こんにちは、renの広報です。私たちは、2025年7月に「株式会社クオーターバック」から「株式会社ren」へと社名を変更しました。社名変更は、所属する全メンバーが関わる全社プロジェクトとして実施。日頃の業務と並行しながら進めていきました。今回のインタビューでは、代表取締役の山田、取締役の大島・塚本が、社名変更に至った背景、プロジェクトを進める中で得た気づきや学びについて語ってもらいました。組織全体で大きなプロジェクトを動かした時、一体どんな景色が見えるのか。社名変更の予定がある方も無い方も、楽しんでいただける内容となっております!記事は、前編・中編・後編の全3編です。せひ、ご一読ください!

左からren 代表取締役 山田 裕一、役員 大島 渉 / 塚本 清志
左から取締役 大島 渉 / 塚本 清志、代表取締役 山田 裕一

-プロジェクトを進めるうえでの不安は?

塚本) 社名変更は大きなプロジェクトだから、「やばいだろうな」とは思っていたけど、不安はなかった。進め方含め大島さんが見てくれていたし。

大島) 主導するにあたって、未知の領域もあったし、想定外のことも起こるだろうなとは思っていたけれど、自分も不安はなかった。それは、オフィス移転プロジェクトを経験していたからだと思う。社員みんながそれぞれに力を発揮して1つのことを成し遂げるっていう経験が僕らにはすでにあった。だから、「全員で力を合わせてできないことはないだろう」って信じていたと思う。売上が厳しかったコロナの頃を乗り越えて、オフィス移転もみんなでやって、みんなそれぞれの得意を生かしたら成し遂げられないことはないだろうという感覚があった。

塚本) 「みんなで難しい状況をなんとかする、なんとかなる」っていう感覚は本当にそう思う。

コロナ禍に社員全員で挑んだオフィス移転

山田) オフィス移転の時は、納得感を生むために社員みんなを巻き込んだってことではなかったな。作業量的に、みんなでやんないと詰むって思った。しかも、オフィスなんて誰もつくったことないし。
その経験を経て、みんなで危機を乗り越えるってことは一番のインナーブランディングになるんだなって実感した。今回の社名変更も、社名変更したからってすごく儲かるわけでもない。しかも、普段の業務もあるなかで、みんなにとってはプラスオンの仕事になる。そりゃ大変だけど、みんなが理解して動いてくれたのはありがたかった。

塚本) 「みんなでやる」みたいなところでいくと、うちの部門活動もそのひとつ。会社はみんなでつくるものだと、つくづく思います。何かしら、自分が会社づくりに関与している状態でもともとやってきていたから、オフィス移転や社名変更もその延長線上にあったと思う。

山田) 一般的な会社では、事業チームとバックオフィスみたいに分かれているじゃん?そうすると、稼ぐことには集中できるけど、「会社を整えるのはあなたたちがやってください」みたいになっちゃうと思うんだ。組織の中に2つ組織が生まれてしまう。

塚本) そうすると、お互いの苦労が見えづらくなって、ありがたみも感じにくくなるから、不満が出やすくなる。だから僕らは、事業もバックオフィスも混ぜこぜでやってきた。

大島) 30人規模というのもあるよね。大きな組織には別のやり方がある。でも、分担することで分断を生んでいないか、丁寧に見ていく必要があると思うな。

山田) 分担が分断になる、か。

塚本) 本当にそうだと思う。分担した時に、関係性を大事にせずに、相手を機能としてしか見なくなると、自分の期待に満たない時に攻撃的になってしまうとか。
役割を分けること自体はめちゃくちゃいいんだけど、じゃあどう運用していくのかまで設計することが大事。役割を分けて、デスクを分けて、オフィスも分けて、とだけしていくと中の人間が見えづらくなってくる。

部門活動の全体像。renには全部で6つの部門がある

山田) 僕たちは部門活動を始めるまでは、部会として、バックオフィスの役割を分担して進めていたよね。さらにさかのぼると部会ができる前は、オオカミの群れのような集団だったと思う。実力主義の色が濃かった。でも、部会や部門のような仕組みをつくると、実力主義のヒエラルキーが崩れる。例えば、案件では活躍できる場面が限られているメンバーが、部門活動ではすごい得意分野があってイキイキするとか。それぞれが活躍する場面をつくることで、ヒエラルキーを崩していきたいという意図はあったな。

塚本) とはいえ、部会立ち上げ当初は、部会ごとの活動量に差があった。会議を開いても、「何もないです。以上」みたいなこともあったじゃない。

山田) みんなでバックオフィスを分担する、という仕組みが整う前までは、並木さんがほぼ一人でその役割を担ってくれていた。

大島) 機器や設備まわりは全て高井さんだったよね。会社を動かしていくことが、個人の頑張りや興味関心に依存しすぎていた。

山田) 「コピー機が壊れたら高井さん!wi-fiが切れたら高井さん!」だったもんね。会社全体のことなのに属人化しすぎていた。

大島) そんな状況から、「会社はみんなでつくるもの」という機運をつくるにあたっては、強烈に塚本さんが推進してくれた。「会社をつくる、今よりよくする」ということに対して、メンバーの関わりしろを増やしてやっていこうという強い意志を感じた。

塚本) その方が健全だなと思って、勝手にゴリゴリやってましたね。

-話を社名変更に戻します!社名決定までのプロセスはどのように?

大島) 社名考案に携わった6人がそれぞれに案を持ち寄ってMTGで話しながら、時々全体にも「何かアイデアがあればぜひ!」みたいなプロセスでやったよね。「ren」という名前は、山田さんの発案だったのかな。

山田) 英単語は嫌だなとか、長いやつじゃない方が良さそうとか、ディスカッションのなかにいくつもヒントがあった。俺が「ren」を考えたというよりか、色んな人の意見が俺の脳を動かしてたどり着いたのだと思う。

大島) わかりやすいほうがいいけど、説明的すぎる社名は微妙だよねみたいな話もありましたね。でも、「わかりやすいとはなにか、説明的過ぎるとはどういうことか」に明確な基準はないから、話し合いを通してだんだんチューニングしていった感覚です。

山田) 話し合いを重ねるごとに、収束に向かっていく空気感はあったと思う。毎回、基準を設定してビシバシやっていたのではなく、自然とみんなで焦点を絞っていった感じだな。これっていう決め手があったわけではなく、「これでいこうか」という空気で決まった。

塚本) この記事の読み手の方からしたら「なんだそりゃ」って困るかもしれないけど、本当にそう。言葉にできないハイコンテクストな部分。「社名が決まりました!決定理由は〇〇です!」と説明できたとしても、それは一部分のこと。一緒に考えて、ああでもないこうでもないってやってきたことそのものが決まる理由にもなる。人の行動の理由をすべて説明できるわけでもないもんね。

山田) 社名を決めるプロセスで、情報をすごく共有しているのだと思う。あらかじめ決めた基準を満たして残った最終候補の中で、どれがいいかなんてもうわかんない。じゃあどう決めるのかとなると、それは決めるまでに話してきた内容やかけた時間、できあがった空気感だろうな。

大島) 決め方を考えた時に、社内投票はやらないと決めていましたよね。だから、もしどうしても決まらなかったら、最終的には山田さんに委ねられると。

山田) そうね。だから、どんな道を選んでもみんながしっくりくる状態は、絶対無いと思っていた。塚本さんが言ったように、「未来、しっくり来る可能性はあるか」という予感が大事だったと思うよ。

100案近く挙がった新社名の候補

-社名変更プロジェクトのなかで大変だったことは?

山田) 中島さん(創業者)に怒られたことだな。社名変更をするにあたって、大前提、中島さんに逐一報告することは決めていたし、自分でもやったつもりだった。でも、足りていなかった。創業者からすると、会社は自分の子供みたいなものじゃん。進捗共有はちゃんとしようと思っていたけど、創業者目線に立つと、考えきれてなかったかもしれない。

大島) 報告はすれど、ディスカッションの場に呼ぶということは無かったですもんね。

山田) まあ、めちゃくちゃ怒られたけど、納得できる理由だったよ。

大島) 全体統括として、スケジュール感とタスク量を考えた時に、会社の一部のメンバーだけで進めるのは不可能だったと思う。

山田) この組織の土壌が無かったらもっと大変だったと思う。権限移譲しても事故らないという信頼があったじゃん?みんなのタスクを逐一役員がチェックしてたらすごい時間がかかるし、役員の体がもたない。各部門、各メンバーに信じて任せられたから、結果的に構想から1年経たずして完遂できたよね。

塚本) プロジェクトは大変だったけど、嫌だったという記憶はない。色んなメンバーに助けられたし、孤独じゃなかった。浮いているボールを取りに行く姿を何度も見かけたし、ありがたいことばかりだった。

山田) 過去にも自社の大きな変更ってあったよね。例えば、クオーターバック時代にコーポレートサイトをフルリニューアル。あの時は、外部のパートナーさんの力をたくさんかりながらやったから、社内だと俺と塚本さんのほぼ二人でやったじゃん。当時は、社員みんなで大きなことを成し遂げるという感じじゃなかった気がする。今回は、企業文化が土壌としてあったから、めちゃくちゃ大変ではあったけれど、疲弊しまくって「もう2度とやりたくないです」みたいな感想にはならなかったと思うんだ。

塚本) 途中、大変ななかでも楽しいとか、プロセスのなかで勇気づけられる瞬間があるかどうかって、他の人と関わり合っているかどうかもあると思う。ずっと苦しい、大変だけしか感じていないと終わった瞬間に「はあ、やっと終わった」だけだけど、途中途中で色んな人の声掛けや行動を見ながら栄養補給できていると、後味が全然ちがう。

大島) この人にタスクを集中させてしまったなとか大変な思いをさせてしまったなとか、個々に反省点はたくさんある。「大変でしたか」と聞かれれば、そりゃ大変だったけど、「何かの糧になる大変さか、消耗しかしない大変さか」と聞かれれば、間違いなく前者だったと思う。

塚本) ポジティブ、ネガティブで分けられないもっと複雑な後味ですね。前に進んでいる感じが常にあった。社名変更が終わればプロジェクト終わり!じゃなくて、そこから始まる期待感がある。

山田) 意味ないことに対して、「ただ頑張れよ」だときつい。社名変更によって、会社がまた一段成長できるってことをチームで信じられているから、大変だったというか、意味あるもののために頑張ったなという感じがするんだろうな。

大島) 無意味な大変さ、孤独な大変さだけだと蝕まれるものがありますよね、きっと。

山田) 今回のプロジェクトでは、特別にビジョンを掲げたということはないけれど、「社名変更を通して、会社をもっとよくしていこうぜ」という方向性は、みんなで見れていたんじゃないかな。目指すところがないと「なんのためにやるんだろう…」と迷ってしまうよね。

塚本) 「プロジェクトを終わらせる!」だけが目的になるともったいない。未来のためにやる、そう考えると、大変ななかにあっても「もっとこうできるかも!やっちゃえ!」ってぶっ込んじゃうこともある。renのコーポレートサイト制作なんてまさにそうだった。やることは増えるけど、ここはやろう!と踏み切ることができた。

社員や外部パートナーさんの力を合わせて完成した、renらしいコーポレートサイト

大島) 個人に置き換えると、人生において大変なことがあったとしても、自分の中でそれが意味のあることだと思えていたら敬遠せずにやれると思う。組織も同じ。成長するためのストレッチゾーンに位置する取り組みで、未来に繋がっていると信じられることと、一緒に乗り越えていける仲間の2つがあれば「やってみよう」と思える。社名決定以降の膨大なタスクは、各部門に分担して進めたけれど、少なくとも部門リーダーとは、共通の感覚を持てていたんじゃないかな。メンバーそれぞれが、それぞれの得意分野をなんとなく知っていて、それを踏まえて動けたのも大きいよね。

後編に続く

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